Uru「remember」の歌詞の意味を考えてみました



【「remember」の歌詞の意味・・・】



とても大切な気持ちが
あるのは間違いないのに

映画を観てから
ずっと考え続けているのに
書けないでいます

「remember」からのメッセージ

いろんな 出来事が
重なって 聴こえていて
収拾つかないかも しれないけど
書いておきたい


「remember」の歌詞の意味・・・

「remember」に託された気持ち・・・



ニャンコ先生の
映画を 観たとき
歌詞にある
「遠くで聞こえる祭りの声」以降は
前半と 異なる感覚で
聴こえてきました

「夏目貴志」に
共感した 自身の記憶を
歌詞に 投影したものと
感じています


前半も
貴志との 共感を 感じますが
後半の方が その思いは
より強いように 思います



「祭りの声」は
関係ない・・・

見たくもなかった
「境界線」・・・

誰の「背中」も
追わなかった・・・


「帰りたい場所」・・・
強さに変わる・・・

愛されたい・・・
もがいていた・・・


優しさに
出逢えたから・・・

心「繋」げて・・・

記憶の中の・・・
温もりを・・・
ずっと忘れないよ・・・






変わらない 居場所を
作ってくれていたよね

仕事帰りの 小さな背中


大切な 何かを
守るために

やっと 届いたよ
ちゃんと 届いたよ

寂しくないよ

繋がっていける

どこにいても
ずっとそばで




2017.12.20.
初のアルバム
「モノクローム」が届いて
その余韻を 抱えたまま
迎えた 2018年

幕開けは、2018.1.4.
新宿ユニカビジョンでの
ライブ映像

そして
「悪と仮面のルール」
2018.1.13.公開
「追憶のふたり」は 印象深い



確かな時間が あったから

どんな 運命だって
許せてきたでしょう

もう会えないとしても

あなたと 同じ時間を・・
生きていくよ




「娘より」とともに
「remember」の背景に
重なっていると感じます



前半の歌詞に
登場する「リンドウ」には
Uruさんの
コメントから
知ることになった
エピソードが あります


ニャンコ先生の
原作者の出身地
「熊本の花」であること

容莉枝の 自宅に
活けてあった「リンドウ」を
小さな祠に 供えた
メッセージは
Uruさんの 曲から
導かれた と紹介されています




2017.5.27福岡公演

被災した 熊本を含む
九州地方の エリア最大都市での
ライブです

その福岡公演では
自身を 支援し続けてくれた皆に
「明日に架ける橋」を贈っています


原作者 緑川ゆきさんが
ニャンコ先生に
繋いでくれた 縁に応えながら
熊本(福岡)への 感謝の気持ちを
込めた「リンドウ」のような気がします




2018.8.27.
MVが 公開になった時
歌詞を 書き留めてみました

「あおい あおい りんどう」
という歌詞

とても印象に残りました


「青い 蒼い りんどう」と想像しました

「りんどう」は、群生しない野草?

「青い」は
自分も 採用したい気がしました

もうひとつは「碧い」より「蒼い」・・・


「青い」を重ねるよりも・・・
自分は そう考えていました


結果は「青い、青い、リンドウ」

「風に吹かれても
一人(一輪)でも力強く咲く
凛とした気持ち」

というような コメントを
読んだ 記憶が あります


歌詞が 公開された時

「青い」を重ね
読点を 挿入することで
「凛」とする様子は
強調されていることに
気付きました


これは
支援し続けてくれた
熊本のファンの皆を 称えるため
容莉枝や椋雄、貴志の
「凛」とした 強い気持ちを
歌詞に 込めたかったからだと思います



そして
福岡公演では
「アリアケノツキ」を
歌うことに 自問していました

2017.5.27.福岡
2017.9.10.仙台
ずっと
この曲の 成り立ちと 向き合い
迎える
2018.3.4東京モノクローム公演

その「アリアケノツキ」
タイトルを 片仮名としたこと

そんな大切な気持ちを
伝えてくれたのは・・・


ファンと 共有する
楽曲に するためには

父性や 母性との
大切な記憶に 留まらせず
ファンに 同じ目線で
感じてもらうためには

どうしたら いいのか
考え続けた 結果だと思います


Uruさんにとって
関係ないと 思い込もうとした
「祭りの声」や
追わなかった「背中」は
母性と 共有する
記憶だと 思います


夏目友人帳の 原作を
繰り返し 読むうちに
貴志の境遇へ
共感しないわけには
いかなかったから

自身の 思い出(記憶)は
容莉枝や 椋雄の
境遇と 重なったから

容莉枝には
椋雄と 過ごした時間を
確かな記憶として
持ち続けて
欲しかったから



 離れたとしても

 記憶の中の 温もりを

 ずっと ずっと

 忘れないよ




Uruさんにとっての 大切な気持ち

たくさんのメッセージが
込められていると感じます


「remember」には
共有された
「アリアケノツキ」と
同じ気持ちを
感じずには いられない


Uruさんからのメッセージは
その歌詞にも
メロディにも
自然と 馴染まされて
忘れられない 歌声に
なっています






【 「 T.T.T 」の意味について 】


「remember」

この曲の メッセージを
考えていると

「Third Time TOKYO」
「T.T.T」
の意味も
考え直さないと
いけなくなりました




 ❶3.31東京・品川
 (2016.3.31.品川グローリアチャペル)


  6.15.デビュー
 (「2016.6.14奏」翌日)


① 9.10-11東京・新宿
 (2016.9.10.-11.東京グローブ座)


②❷3.4東京・世田谷
 (2018.3.04.昭和女子大学
  人見記念講堂     )


③❸3.10東京・文京
 (2019.3.10.東京ドームシティ)






気付いている方も いると思います
自分は ようやく 追いつきました

3度目の 東京は
デビューした
「6月15日」を起点にした
①グローブ座
②人見記念講堂
に続く
3度目「③東京ドームシティ」と
感じているだけでは
足りないような
気がしてきました


それだけではなく
3月に 開催される
3度目の 東京の意味を
重ねているような気がします





デビュー報告をした大切な
「❶3.31品川@東京」

「アリアケノツキ」の
大切な記憶を伝え
初めて「糸」を歌わなかった
「❷3.4人見記念講堂@東京」

「3月」の気持ちを継承する
「❸3.10東京ドームシティ」であること




4度目の東京としなかったのは

「デビュー」という節目
「3月」という節目

ふたつの節目(過程)を
大切にしたいとする
気持ちのような気がします


どうしても「100曲」を
支え続けてくれたファンに
自らデビューを伝えたい、とした「3月」

「アリアケノツキ」をファンと
共有するための「3月」

とても 繊細な 意識が
働いているような 気がします







【2018.8.18.-19.京都公演】


京都公演には
両日とも 参加させてもらいました

初日は 緊張感が伝わり
二日目は 寛ぎ感が伝わってきました

初日は 次のタイアップ先の
視察の中での 緊張感と感じていました


でも
「remember」の 歌詞の意味を
妄想すると
緊張感の 意味を
履き違えているようです


本当は
大切な 自身の気持ちを
織り込んだ 曲を
初めて ファンに披露する時
しっかりと メッセージを
伝えたいとする
Uruさんの 強い気持ちが
生み出した 空気感です


やはり 自分は
Uruさんの 気持ちとは
周回遅れのようです


あの日の
「remember」の 歌声は
特別な 響きに
圧倒された 忘れられない
思い出です






【2年9か月】

最後にもうひとつ
こじつけ(妄想)です


「100曲」は
2013.7.1.に 開設し

「2013.9.6.ひこうき雲」
から
「2016.6.14.奏」
まで
「2年9か月」


デビューした
「2016.6.15.星の中の君」
から
「2019.3.10.東京ドームシティ」
まで
「2年9か月」


単なる 巡り合わせですが
いつものように 数字を追うと
新しい スタートがあるように
思えてきます




もうすぐ「1月21日」です

初曲は「パズル」

「たしかなこと」

アカペラを披露してくれた「糸」

幕を開けて
語りかけるように歌われた「星の中の君」

極寒の「2017.1.21.大阪」は
気持ちを 温かくしてもらった
ライブでした



Uruさんを取り巻く環境は
大きく変わってきています

それはUruさんを悩ませる
要素もあるのかもしれません

それでも
Uruさんの「届ける」気持ちは
ずっと変わらないと思います






























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