「プロローグ」の歌詞の意味を考えてみました 中学聖日記 Uru


「プロローグ」の
限定動画が なければ
書く きっかけは
なかったと 思います


最後の 試聴のとき
ぼんやり しながらも
「手」のメッセージを
感じました


その映像は
繰り返し
「手」を
見せていました

光と闇の 演出の中で
いくつもの 光源や
カメラワークが あったから
映し出された 映像です


ライブ以外で
立って歌う Uruさんを
見ることは ないので
新鮮でした


その「手」は
重ねられたり
交わされたり

いつか Uruさんが
テレビ出演する時の姿を
連想していました


これまで
中学聖日記を 観てきて
プロローグの 歌詞は
聖の気持ちだと 思っています

聖の 揺れ動いていく
素直な 気持ちが 書かれていて
せつなさは 増すばかりです


冒頭に 書かれている
「目」や「髪」や「指」は
校舎に木霊する
若々しさを演出します

成人している 聖を
中学生に 同期させるような
初々しさを
手繰り寄せています


採用された
ひとつひとつの 言葉は
不安感、罪悪感、高揚感など
幾重にも 重なっていく
聖の 気持ちを
複合的に 表現しています



「 破れそうに膨らんで
  真赤に熟れた果実は
  誰かの摘む手を待っている
  ねえ、それは 私だった  」


この部分は
最も 印象に残ります


聖のなかで
晶への 気持ちは
抑えられないほど 高まり

誰かに
自分の 気持ちを
抹消して 欲しい


真赤に 熟れた
果実(晶への好意)を
摘んで(容認して)は
いけない

「この果実」は
誰かに 摘み取って欲しい


けど
果実を 自ら 摘んでしまう

「あなた」が 溢れて しまったから
「あなた」を 溢れさせて しまったから

とても 繊細な歌詞だと
思いました



そして
「隠せない」
それらの 気持ちの
「始まり」は

そこまでの 歌詞の中で
何度も 何度も
重ねて 伝えています



最終回手前までの
ダイジェスト版を 見ていると
そういう意識で 見ているせいか
「次から次へ伝えていく」
描写は 歌詞のとおり
「手」のような 気がします


「手」は
頬を張り
電車内で 触れあい
随所で
晶は 聖を 引き寄せます

「あなたが15だから」のシーンでも



そして
Uruさんが 選択した
ふたりの 展開を
示唆する 大切な言葉

「 あなたを探してる
  隠した瞳の奥で
  誰にも見えぬように
  行き場もなくて彷徨いながら

  あなたと見る世界は
  いつでも綺麗だった

  空には一つだけ
  淡く光る 小さな星が
  残ってる        」



そばにいて
慕うことだけは
許容されている
気がします






「 あなたを探してる
  何度も名前を呼んで

  空には一つだけ
  淡く光る 小さな星を
  浮かべて        」



前半とは 異なる
「探してる」に 読めます

「浮かべて」の 続きには
そこまで 書かれている
辛くても
そばに居られる 境遇さえ
繋がらないような 気がします


それは
ふたりにとっての 幸せは
結ばれることと
異なるカタチとする意思を
伝えていると思いました



プロローグの歌詞を
想像すると ここで行き止まります







でも
想像を 膨らませると
「その先」も
見えてきます





この曲を「プロローグ」と
したのは 何故でしょう?


聖の晶に対する
気持ちの 始まり(序章)と
いうことでしょうか

別々の道を 歩むことに
なっても
ふたりの 将来には
まだまだ先は あることを・・・





そして
「中学聖日記」には

PUZZLE
雪の華
奇蹟

からの暗示も あります


「PUZZLE」について
プロローグよりも
「少し高い世代の曲?」と
コメントされています


中学生だった晶は 物語後半
18歳に なっています

「 最後のピースは
  あなた(私)じゃない 」


最終話を示す
もうひとつのプロローグでしょうか






「雪の華」

ふたりは
いつまでも 手をつないで
寄り添っています

たとえ 夢の世界だったとしても


「 生まれかわったら
  二人だけの 世界でまた
  逢えますように    」

の続きを 見せてくれているような
感覚になります

ここには
いつか成就する 未来があります

成就しない「PUZZLE」とは
異なる 未来です





「奇蹟」

新しい命を
抱き寄せる「手」だとしたら


それは こどもを授かり
育み 生涯愛しむ 母性を
謳歌するもの


聖と晶の
ふたりの母親の 気持ちを
尊重するための 作品として
位置付けているのかもしれない











そして
Uruさんの 思考は
それだけではなくて?・・・


次回ライブを
TTTとした 理由(動機)も
プロローグに重ねて?・・・


品川グローリアチャペルを
あえて カウントしないのは
自身の現在地(プロとして)の
スタートは
2016年6月15日であること


「奏」までの時間は
自身を 支え続けてくれた
ファンと 共有したい大切な記憶


私事で 恐縮ですが
今夏から 始めた
ツイッターの世界には
Uruさんを支援する
数多のファンの 日常が
広がっていることを
知りました


Uruさんは
「100曲」を 投稿し続ける間
それらの 応援を
支えに していました


足掛け4年の間には
私たちの同胞は
被災し 困難な局面に
ありながらも
Uruさんを 支援し続けます


それらの受援に 感謝し
これからも歌声を 届けるため
プロとして 歩んでいく
強い意志を 示してくれたような
気がします



「糸」が
歌われなかった
3月の東京を
新たなスタートとする
「プロローグ」です








先日
「オールドファッション」と
「プロローグ」の
ワンツー画面と ともに
Uruさんは
バックナンバーへの感謝を

「私を歌の世界へと結んでくれた」

とツイートしています



導いてもらった 歌の世界で
今度は 自分の チカラで
自身の「歌」を
結実させたいとする
強い意志を 感じます



ここには
自身の チカラを
誇示することはなく
バックナンバーへの
感謝を綴る
どこまでも 慎み深い
いつもの Uruさんが
います







それから
限定動画の
「17時」の
キーワードについて
考えてみました

「17」


youtubeでの
17番目の曲は「会いたい」
84番目の曲は「ありがとうさようなら」
です


とても 印象深い作品です


聖と晶は、いつかどこかで会えるはず・・・


そんな 希望に
辿り着いた 気がしてきました











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