Uru FILMS「いつもそばにあるもの」に込められたメッセージ


Uru FILMS
「いつもそばにあるもの」に
込められた
メッセージ

こんな風に 考えてみました



心地よい メロディの
流れる中

節目節目で 見せられる
「サイン」は 6回


その「サイン」は
「女性」
「女性」
「男声女性」
「男声女性」
「女性」
「女性」
の構成


「サイン」そのものが
主題なのか

「サイン」に
導く「光景」が主題なのか

不明です


「雨粒」
「街の灯り」
「花火」・・・

どれも 中学聖日記を彩る
「光景」に 重なります


「いつもそばにあるもの」

「いつも、あなたのそばに」

やっぱり
中学聖日記と
今回の「Uru FILMS」は
連想しない わけには いかない


差異(メリハリ)を 付けて
見せてくれた「サイン」

これは 主人公2人の
移り変わる 気持ちを表していると
考えると 辻褄が 合うような
気が してきました

「第4話」しか
観ていないので
裏付けは ありません

初話と 第2話
片思いの 度合いが強く
「女性」の サインのみを 充て

第3話と第4話
「聖」にも「気持ち」が
芽生えたので
「男声女性」の
並ぶサインを充て

そして
第5話の 予告編
「女性」のみの
サインを 充てることは
当てはまるような 気がします


Uru FILMS の
最後に「女性」サインを
クローズアップして
再掲しているように
見えるのは

「悲恋」だと しても
恋愛観とは 異なる
「それぞれが進むべき道(希望、未来)
があること」を
示唆している のかもしれません


「化粧室」
女性にとって
「気持ちを切り替える場所?」と
考えると
主人公「聖」の 気持ちに
より重点は
置かれているような 気がします



そして
このメロディは
もうひとつの「remember」のような
気がしてきました


一度創った「remember」を
創り直したと
コメントされています

この言葉からの 単純な連想です


Uru FILMS において
採用した 風景たちは
とても 印象的です


「電車の車窓」
「大阪、京都?」を
旅した時のもの でしょうか

確か
大阪で 見つけた
京都公演のポスターのツイート?



「ユニカビジョン」
今年の年始 Live SSの上映でした

アルバム「モノクローム」
の 記憶です



機上から 撮影された「街の灯り」
とても 奇麗です

「福岡」での
コウノドリコンサート客演
のときのものか

もしくは

「父母ケ浜」へ 撮影に
向かったときのものか



とても 大切な 記憶を
届けているような 気がします

遊び心 よりも
優先される ことが あると
考えた方が 自然です



今回の Uru FILMS に
採用された 心地よい メロディ

柔らかさ(優しさ)と
切なさが 同居していて
自然と「容莉枝の気持ち」を
連想しています



こんな風に
印象を 整理し始めると

「サイン」は「切り絵」に

「植栽で作られた動物たち」は
「妖」に 見えてきました



Uruさんにとって

この1年に 心血を
注いだ記憶(思い出、道のり)を
映像に したのかもしれません



Uruさんの 記憶に
「サイン」の
メッセージを 重ねること・・・

それは
「ニャンコ先生(容莉枝)」や
「聖」の気持ちを 重ねること?




「いつもそばにあるもの」

「いつも、あなたのそばに」

それは
「remember」と「プロローグ」の融合?

この一年間の 象徴(カタチ)?




わたしたちに 届く
Uruさんの 作品(楽曲)は
創作した 時間から
遅れて 届きます


その時間差は
Uruさんの 歌声が
埋めて くれます


また 記憶に刻まれ 生き続ける作品を
受け取ることが 出来ました







昨夜
今回の 「Uru FILMS」の
印象を 考えたときに
何か 足りないままでした


誤りかも しれないけど
こうやって 整理することで
Uruさんの メッセージの
一片でも
受け取れたような 気がします


長く なってしまいましたが
少し すっきりしました






『中学聖日記』
11/6(火) 第5話
「彼とはもう二度と会わない」



『中学聖日記』
スピンオフムービー







でも 最後に 酢蛸とか茹で蛸とか
出てきたら お手上げでした

「生きるものたち」の「タコ壺?」だけは
もう少し 時間が 必要です

それとも あれは
お気に入りのキャラクター
「黄昏れのイカ」?

イカって 壺に 入らないと
思ってるのは 誤った先入観?

いずれにしても
そこだけは 手掛かりがないままです
















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