スピッツの名曲 「楓」の歌詞の意味を 考えてみました



この曲を 聴いていると
遠い時間を 遡っていく
感覚が残ります

断片的な 思い出の映像を
繰り返し 読ませている印象です

初見は
「初恋」を 喪失した少年が
記憶を 遡っているように
聴こえます

「意志」の 定まっていない少年が
未来を 意識し始めるようにも・・・


そんな 感覚でも
聴いているだけで 浸れる
心地よさの中に 居れば
いいのかも しれません

でも
この歌詞に 込められた意味を
どうしても 知りたい






冒頭は
徐々に 初恋の「君」と
親密になっていく 過程を
さりげなく 歌詞に
置き換えている と思いました


「 心のトゲさえも 君が笑えばもう
小さく 丸く なっていたこと   」


「君」との
相対する(面と向かう)思い出

会話も ままならない
頃かもしれません

距離感は あっても
確かに 同じ時間を
過ごした 記憶です



「 かわるがわる のぞいた穴から
何を 見てたかなぁ?     」


「かわるがわる」のぞくには・・・

「面と向かう」より
「並んだ」思い出 の方が
親密だと 思います



「 ガラスの向こうには 水玉の雲が
散らかっていた あの日まで
軽い タマシイで
他人と 同じような 幸せを
信じていたのに        」


「校舎」で 過ごした 思い出の一場面

初恋をし 成就することを 信じていた
「魂」に なれていない
未だ「タマシイ」のままの
少年像が 見えてきます

雨上がり 校庭のあちこちに
出来た水溜まり

教室の 窓越しに 見える
雲の破片が 幾重にも 水面に映る
光景に包まれて

不確かな 自分の 気持ちのように
散らばっている 水溜まりでも
青空に 浮かぶ「雲」が
投影された 光景は
「僕」を 穏やかにしてくれます

懐かしい言葉(初恋)を
共有する「君」のようです

たとえ
不寛容で 不確かな 時間でも
初々しい 記憶として
刻まれます



「 君の声を抱いて
僕のままで  」届かせたいのは
将来(先)へ
向かうことではなくて
この思い出の頃へ
遡ることかもしれません



「 瞬きするほど 長い季節が来て
呼び合う名前が こだまし始める
聞こえる?           」


この曲は 繰り返し
「懐かしい言葉」の 記憶を
聴かせています

ここの歌詞を 読むと
これまでの 流れを
見直さなければ いけなくなります

もうひとりの「君」の存在を
意識するために・・・


それは「タマシイ」の頃の
自分と 考えるのが 自然です

未成熟でも 今の自分には 薄れている
無心(無邪気)で 一途な「自分」です


些細なこと(瞬き)でも
無心に 過ごしていた あの頃・・・

今の自分は あの頃の「無心」を
失いつつ あって・・・

瞬き(些細なこと)さえ
意識する「僕」を 蔑んでいます

「タマシイ」の頃の 「無心」こそ
今の「自分」に必要な(足りない)
「かけがえのないもの」

今の「僕」の中に
少しでも 残っている
「タマシイ」の頃の自分を
呼び覚ます(掘り起こす)ために・・・


「こだま」しているのは
無邪気な 思い出かも しれないし
これから自分が
たどり着きたい 真理(目標)
かもしれません


「聴こえる」では なく
「聞こえる」と したこと

耳を 澄まさなくても
意識できることを 促しています
自分自身に・・・
自分の 可能性を 信じて・・・


「聞こえる」では なく
「聞こえる」と したこと

迷う自分の
支え(道標)に なれるのは
無心な自分(思い出)であり・・・

思い出(無心な自分)を
「うたかたの夢に終わらせない」ことが
出来るのも
これから 先へ 向かう
自分だと いうことを
鼓舞するために・・・


「 ああ 君の声を... 」

「君の声」に
ふたつの 記憶を 重ねています

いつまでも 大切にしたい
不可分な 記憶だから・・・

最後に もう一度
「ああ 君の声を・・・」とする 余韻は
「永遠」を 意識させている
のかもしれません











【スピッツ 楓 PV】

「楓」のPVを 観ていると
プラネタリウムでしょうか?

ドーム状の 空間の中に
3Dメガネ?をした数人が
ランダムに 腰かけています
(スピッツのメンバーでしょうけど・・・)

この映像は 何の暗示でしょうか?

天体に見える「光」は
気の遠くなるような過去の「光」です

その天体の「光」が 発せられた時には
こちらは 存在すらないわけで・・・

PVの中で 両手のひらの上を
「光」が うごめくシーンが
数度 繰り返されます

決して
こぼれ落ちることが
ないように見えます

ちょうど
この歌詞が流れる場面です

「 瞬きするほど 長い季節が来て
呼び合う名前が こだまし始める
聞こえる?           」


とても印象に残る映像です



そして
PVを 観ていると
歌詞の中に 出てくる
この部分とも 重なりました


「 かわるがわるのぞいた穴から
何を見てたかなぁ?
一人きりじゃ叶えられない
夢もあったけれど      」


この歌詞は
「正面から彼女を見ている場面」から
「並んで思い出を作っている場面」に
展開される 重要な役割が
あると 思っています

さりげない 歌詞なのに
初恋が 徐々に 進展する
甘酸っぱい記憶を
告げるものです


天体(光)と
それを見ている「命」とは
「時」だけでなく
すべての要素を 違えています

光(夢)は
うたかたの代物かもしれません

それでも
楓の葉を 連想させる手のひらから
その「光」を こぼれさせないのは・・・

私たちの
過ごしてきた
思い出(記憶)

私たちの
「今」の糧になっている
思い出たちは
決して
「うたかた」の代物ではない
大切なものだと思います

そんな
メッセージを
伝えているような気がしています





【 楓 歌詞 】

忘れはしないよ 時が流れても
いたずらなやりとりや
心のトゲさえも 君が笑えばもう
小さく丸くなっていたこと


かわるがわるのぞいた穴から
何を見てたかなぁ?
一人きりじゃ叶えられない
夢もあったけれど


さよなら 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう


探していたのさ 君と会う日まで
今じゃ懐かしい言葉
ガラスの向こうには 水玉の雲が
散らかっていた あの日まで


風が吹いて 飛ばされそうな
軽いタマシイで
他人と同じような幸せを
信じていたのに


これから 傷ついたり 誰か 傷つけても
ああ 僕のままで どこまで届くだろう


瞬きするほど 長い季節が来て
呼び合う名前が こだまし始める
聞こえる?


さよなら 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう

ああ 君の声を 抱いて歩いていく
ああ 僕のままで どこまで届くだろう

ああ 君の声を...





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