スキマスイッチ「 奏(かなで)」の 歌詞 の 意味 は ・・・


スキマスイッチ「奏」の
歌詞の意味 を考えてみます


シンプルな歌詞の中に
印象に残る言葉があります

改札


ベル




初恋と ともに成長する 若い二人
人生の 節目を 迎え
不安を 交えながらも
その恋愛への
関わり方を 模索していく・・・

初見は
そんな 恋愛の詩に聴こえるのに・・・

徐々に
愛する者 大切な命への
慈しみ や 郷愁 のように
聴こえてきます

この詞には
「 ふたり 」の 多彩な感情を
包み込むような
もっと 大きな意図が あると思います


「改札」とは
成長する「節目」を比喩したもの
だと 感じます

入学 や 卒業
進学 や 旅立ち
そして
別れ や 出会い

「初恋」や「郷愁」に通ずる
心象風景を 連想させます



 改札の前 つなぐ手と手
  いつものざわめき 新しい風 


大切な人が迎える
 人生の節目の時

日常の喧騒の中にも
 新しい息吹を感じる時

そんな境遇の中
 明るく 見送るはず だったのに
  うまく 笑えずに 君を 見ていた 


住む世界が 広がって
共有する世界が
 相対的に狭くなる不安感・・・

「僕」の知らない
「君」の世界が 広がる不安感は
 誰もが 共感できる 気持ちです

初恋を 育んできた
二人にとって
初恋が 形を
変えてしまうかもしれない
期待 と 不安とも
解釈できますが
それよりも 大切な人が
自分の手から 離れていく寂寥感
と解釈した方が
作詞の流れに
適っているように感じます


 君の手を引く その役目 


 愛する者(大切な命)の
 道しるべになること


「君」は成長し
 そんな必要性が薄まっていく手応えは
 歓ばしいのに哀しくて・・・
 複雑な哀歓が込められています


そして
この詞の流れには
「転調」があるような気がします


4段落目までは
道しるべになる「僕」と
愛しい対象の「君」がいます

複雑な心境の「僕」ですが
確実に 成長する「君」を
導いています


5段落目以降は・・・

 突然ふいに鳴り響くベルの音 

からの詩です

「僕」と「君」は
入れ替わっているような気がします

それは
4段落目までは
「時間」の流れで 構成されているのに
5段落目以降は
「空間」の流れに・・・

特に
5段落目の 光景に
日常性が ないような気がします

「僕(4段落目までの「君」)」
を導いてくれた
「君(4段落目までの「僕」)」
が 遠い世界に
行って(逝って)しまう感覚です



 君が 僕の前に 現れた日から
  何もかもが 違くみえたんだ 


「僕」を導いてくれた「君」を
 慈しむこと(識別)が
 出来るほど「僕」は成長し・・・


 どこに 行ったって
   僕の声で 守るよ 


「声」は
「生きる命」そのものだから・・・

「僕の声で守る」のは
 ふたりで これまで 奏でてきた 
 大切な思い出(共鳴する夢や希望)
 なのかもしれません


 朝も 光も 涙も 歌う声も
  君が 輝きを くれたんだ 


「朝」は
 「改札(節目)」を通り
  新たにスタートすること

「光」は 「希望」や「夢」

「涙」は
 「哀しみ」や「歓び」を経て
  成長するために
  積み上げてきた過程

「歌う声」は
 「その命を 謳歌すること」

成長した「僕」の
「朝」にも
「光」にも
「涙」にも
「歌う声」にも
輝きをくれた「君」に
導いてくれた「君」に
抑えきれない(溢れる)ほどの
「感謝」を届けたい・・・


大切な気持ちを
示唆するための 言葉 「奏」

「かなでる」ではなく
「かなで」としたこと

国語(文法)的には 名詞ですが・・・

名詞の「かなで」に留まらず
過去から未来へ
つながっていくことを
示唆するために・・・

ふたりが 過ごしてきた
「時間」や「空間」を超えて
「思い出」とともに
「希望」や「夢」を 共有していくこと

これまでも これからも
「ずっと」 です
「命」 が どこに あっても



『 ふたりは いつも どんな時も
  つながっていける 』


『 ぼくらは 何処にいたとしても
  つながっていける 』


その理由(裏付け)としている
 こんな歌 
こそ
ふたりが 共有する
 奏(かなで) 
という言葉なんでしょう

ふたりが 歩いてきた 記憶(思い出)・・・
ふたりが 共有する 希望や夢・・・

これからも
 ふたりで 築いていく すべて・・・

それらを 象徴する
大切な 言葉として 選択されたもの

そんな風に
自分は 感じています





【 スキマスイッチ 】


スキマスイッチが
「奏」を世に送り出したのは
2004年3月10日

大橋さんも常田さんも25歳の頃
未婚でお子さんを授かる前です

ただ この歌の意味を考えると
どうしても 大切な命を
慈しむ(愛しむ)気持ちを
感じてしまう


今回
歌詞を考えようと思ってから
初めてスキマスイッチ「奏」のPVを
視聴しました

そのPVには
印象的な映像が流れています

公園には 2本の樹木が立ち・・・
外灯からは 2羽の飛び立つ鳥・・・
洗面も鏡も2つ
これらも「奏でる」ことの示唆でしょうか


洗面で洗う「手」が 異様に汚れていること

対照的に
二つ折り携帯を開く「手」や
楽譜の書かれた黒板を掴もうとする「手」
は とても白い(無垢)こと

これは
無垢な命を 穢したくない

大切な 愛しい命を
無垢なまま 成長させたい
と する気持ち

連綿と 受け継がれる
「大切な命」を 育むこと
親から子へ
子が親になり
また その子に注がれる愛情

スキマスイッチのふたりが
両親への 感謝と
これから 授かるであろう
自身の子供へ
その慈しみを
引き継いで いきたいとする
気持ちの表明として・・・

その気持ちを
託されたのが
「奏(かなで)」という言葉
なのかもしれません




 繋がっていける
  どこにいてもずっと
  そばで       


Uruさんにとっても
大切な言葉です



改めて
オリジナルも
カバー曲も
大切にしていきたく
なりました






【 奏(かなで) 歌詞 】


第1段落
改札の前つなぐ手と手
いつものざわめき
新しい風
明るく見送るはずだったのに
うまく笑えずに君を見ていた


第2段落
君が大人になってくその季節が
悲しい歌で溢れないように
最後に何か君に伝えたくて
「さよなら」に代わる言葉を僕は探してた


第3段落
君の手を引くその役目が
僕の使命だなんてそう思ってた
だけど今わかったんだ
僕らならもう
重ねた日々がほら
導いてくれる


第4段落
君が大人になってくその時間が
降り積もる間に僕も変わってく
たとえばそこにこんな歌があれば
ふたりはいつもどんな時もつながっていける


第5段落
突然ふいに鳴り響くベルの音
焦る僕 解ける手 離れてく君
夢中で呼び止めて抱き締めたんだ
君がどこに行ったって僕の声で守るよ


第6段落
君が僕の前に現れた日から
何もかもが違くみえたんだ
朝も光も涙も、歌う声も
君が輝きをくれたんだ
抑えきれない思いをこの声に乗せて
遠く君の街へ届けよう
たとえばそれがこんな歌だったら
ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける

















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